ICUから急性期病棟へ

もう10日過ぎているのにまだ覚えていません。

ICUに10日ちょっと居て急性期病棟は1週間ぐらい居ましたが、ところどころしか覚えていません。

私ではなく誰か違う人をお見舞いに来る人で、とてもうるさい人が居ましたが、どこのベッドに見舞いに来ていた人かは解りませんでしたし目がダブルビジョンの最盛期だったので目は意識的に瞑っていまいたし、何人部屋なのかベッドは満床なのか全く覚えていません。

病院の名前も分かりませんでした。自分で指定して来たのに…何日居たとか全く覚えていません。

ただおばさん看護師が身の上話をしていて、それがうるさくて言語障害のくせにどなったことがあります。

こちらは死ぬか生きるかでどうしようかという時にナースステーションじゃ話が出来ないことを看護病棟に来ていつまでもしゃべっているのです。

良くドラマでOLが給湯室でたわいもない話をしていますがそれを病棟でしているのです。

話をするならどこかに行ってしてくれってな感じでした。

病人は看護師からしたら毎回のように変わる人で記憶に残っていない人がほとんどでしょうが、患者からしたらお世話になり良くしてくれた人だって覚えているのに、もう慣れっこになっているのでしょう。

100-7を1日に何度も聞かれる

1日に何回も看護師が来て100-7は、とか93って答えるとまた93-7はですと、また答えると86-7はですって…

何故7なのって…

1番難しいもんな~

そのうちうるさく感じ「うるさい」ってわがままな患者ですネ。

今の総理大臣はとか市長の名前はとかうるさいくらいに来ては聞いてきます。

頭の回転の検査なのでしょう。

今はちゃんと受け止められますが入院中は、とくに急性期病棟ではそこまでの余裕は無いので100-7もとても難しく感じていました。

まっ細かい動きは誰にもわかりませんが、とりあえずどこも動きますから、みな安心したのでしょう。

私もちょっと不自由だなぐらいにしか考えていませんでした。

まだ立つことは出来ず顔も洗いには行けませんでした。

御飯時間でベッドが起こされたら吐いていました。

車いすもリクライニング式です。頭を洗う時はストレッチャーでした。

中々吐くって事はもの凄く気持ちが悪く目まいがしているのでしょう。

ベッドに寝た状態から45度以上起こされると吐いていました。

だからベッドに寝たままでご飯も食べていました。

体の良い方が下になってないと何か落ち着かなく自由に動かせる腕は上になっている不自由な右手です。

その右手でご飯を食べていたのですから今考えても驚きです。

とても食べづらかったのは良く覚えています。

でも悪いほうの手で良くこぼさないで寝たまま食べれたものだと感心します。

まっ何だかんだ有りましたが、やっと一般病棟に移る事になりました。

もう死ぬことは無いって事でしょう。

でもナースステーションから1番近い病棟です。

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